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仙台高等裁判所秋田支部 昭和30年(ナ)3号 判決

原告 諸井喜代治

被告 秋田県選挙管理委員会

補助参加人 沢木久松

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「昭和三十年三月二十七日執行の男鹿市議会の議員の一般選挙の船川選挙区における当選の効力に関する訴願につき被告委員会が同年七月十八日附を以てなした裁決中、被告補助参加人の当選の効力に関する部分は之を取消す、右選挙に於ける被告補助参加人の当選を無効とする、訴訟費用は被告委員会の負担とする」旨の判決を求め、その請求の原因として、

第一、原告は昭和三十年三月二十七日執行の男鹿市議会の議員の一般選挙における船川選挙区における選挙人であるところ、右選挙区の議員定数は十一名にして、訴外池田実、秋山東久治、佐藤俊雄、鈴木喜代吉、籾山亀五郎、佐藤喜一郎、三浦慶助、沢木慶蔵、小坂正治郎、鎌田千代造、三浦福蔵、三浦重雄、原田岩雄、金武雄、笹渕秀一、伊藤豊蔵、船木新助、竹谷文吉、後藤幾太郎、沢木新一郎、佐々木リエ、近藤久太郎、鎌田修悦、夏井金蔵及び補助参加人の二十五名が立候補し、即日開票の結果、選挙会に於て候補者鎌田千代造の有効投票数は三百六十票で第十位当選者、補助参加人の有効投票数は三百五十九票で最下位当選者、候補者笹渕秀一の有効投票数は三百五十八票で最高位落選者と決定した。しかし原告は右決定を不服とし同月三十日同市選挙管理委員会に対し右鎌田千代造及び補助参加人の当選の効力に関し異議の申立をなしたが、同委員会に於て同年四月二十一日右異議の申立を棄却する旨の決定をしたので、更に同月二十七日被告委員会に対し訴願を提起したところ、被告委員会もまた選挙会決定の通り候補者鎌田千代造及び補助参加人の当選は有効であり候補者笹渕秀一は落選者であるとの理由の下に同年七月十八日附を以て右訴願を棄却する旨の裁決をなし、その裁決書は同月二十日原告に交付された。

第二、しかし、

(一)  選挙会のなした補助参加人及び候補者笹渕秀一の前記各有効投票数の決定は誤算に基づくものであつて、選挙会に於て右両者の有効投票と決定した投票数を精確に計算すると補助参加人の有効投票数は三百五十八票にして、候補者笹渕秀一のそれは三百五十七票である。

(二)  次に補助参加人の右有効投票中には

(イ)  「三浦ケーシケ」と記載の投票一票(検第一号)

(ロ)  「サワキキユセキヤ」と記載の投票一票(検第二号)

(ハ)  「沢木久松平」と記載の投票一票(検第五号)

(ニ)  「沢木久造」と記載の投票一票(検第四号)

(ホ)  「サワギ」と記載の投票一票(検第三号)

が存するが、右(イ)の投票は明らかに候補者三浦慶助に対する有効投票であり、(ロ)及び(ハ)の投票は、いずれも本件選挙と同時に行われた男鹿市教育委員選挙の候補者である関谷友一郎又は平進の姓を併記せるものであるから無効であり、(ニ)の投票は候補者沢木慶蔵に対する投票か補助参加人に対する投票なるか不明であり、或は又右両者に義理立てして久松の「久」と慶蔵の「蔵」をとり、久蔵と故意に記載する意図の下に「蔵」の字を「造」と誤記したものと認められるから、候補者以外の氏名を記載したる無効の投票となすべきであり、(ホ)の投票は補助参加人の完全一票に算定すべきではなく、補助参加人及び之と同姓の候補者沢木慶蔵、沢木新一郎の三名に於て按分すべきものである。そうすると補助参加人の有効投票数は前記三百五十八票から前記五票を控除し、被告委員会主張の(に)の「マヌ」と記載の投票一票を加えたる計三百五十四票となる。

(三)  しかして、候補者沢木慶蔵の有効投票数は三百六十五票で、候補者沢木新一郎の有効投票数は選挙会で決定したのは二百二十三票であるが、無効投票中に「日本共産党沢木新一郎」と記載の投票二票があり右二票はいずれも同候補者に対する有効投票と認められるから、之を加えて計二百二十五票であり、右両候補者及び補助参加人に按分すべき投票は選挙会に於て決定せる「沢木」、「サワキ」、「さわき」なる投票三票と、前記(ホ)の一票と被告委員会主張の(ほ)の一票の計五票であるから、右五票を前記の各有効投票数に応じ按分すると、補助参加人の按分得票は一票と〇、八七五票であるから、補助参加人の総得票数は三百五十五票と〇、八七五票となり、最高位落選者と決定された候補者笹渕秀一の前記得票数三百五十七票よりも一票と〇、一二五票少ないこととなる。

(四)  されば、候補者笹渕秀一を以て最下位当選者、補助参加人を最高位落選者となすべきで、事ここに出でなかつた被告委員会の前記裁決中補助参加人の当選の効力に関する部分は結局違法なるを以て、之が取消を求むるため本訴に及ぶと述べ、

第三、被告委員会並びに補助参加人の主張に対し、候補者笹渕秀一の有効投票中に、その主張の如き、(い)(ろ)(は)の投票三票ならびに無効投票中に、(に)及び(ほ)の投票二票の存すること及び右(に)の投票が、補助参加人の有効投票、右(ほ)の投票が補助参加人に按分さるべき投票であることは争わないが、その余の主張は之を争う。右(い)の投票は第一字は「サ」の、第四字は「チ」の、最後の字は「シ」の各誤記と認められ、かく解すれば右投票の記載は「ササフチシ」と判読でき、ササブチシユウイチと記載せんとしてササフチで中止したるものと解せられるから、候補者笹渕秀一の有効投票である。(ろ)の投票はササブチと記載すべきをブをグにチをツに各誤記したるもので候補者笹渕秀一の有効投票である。(は)の投票は、ササブチと判読し得るが仮に最後の字がチと判読し得ないとしてもササブまで明らかに記載されているから同候補者の有効投票である、と述べた。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、答弁として原告主張の請求原因事実中、

第一の事実及び第二の(一)の事実は認める。第二の(二)及び(三)の事実中、補助参加人の有効投票中に原告主張の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)の各投票の存すること、右(イ)の投票は候補者三浦慶助に対する投票として、(ホ)の投票は按分票として、補助参加人の得票より控除すべきであり、(ロ)の投票が原告主張の理由により無効となすべきものなること、関谷友一郎、平進の両名が本件選挙と同時に執行された男鹿市教育委員選挙の候補者であつたこと、候補者沢木慶助の有効投票数が三百六十五票にして、候補者沢木新一郎の有効投票数が原告主張の如く無効投票中有効と認むべき「日本共産党沢木新一郎」なる投票二票を加えて合計二百二十五票なること及び選挙会に於て右沢木慶助、沢木新一郎及び補助参加人の三名に按分すべきものと決定せる原告主張の如き投票三票が存することは認めるがその余の主張は争う。原告主張の(ハ)の投票は補助参加人の住所が男鹿市船川港平沢三番地であるところから、補助参加人の氏名を記載し更に右住所の平沢を記載せんとして平の一字を記載して中止したるものと認められ、したがつて平なる記載は住所の併記となすべきであるから、補助参加人の有効投票と認めるべきであり、(ニ)の投票は本件選挙の候補者及び有権者中に沢木久造なる氏名を有する者がなく、「沢木久松」と記載せんとして松の字を造と誤記したるものと認められるから、補助参加人に対する有効投票と解すべきである。

しかして候補者笹渕秀一の有効投票中には

(い)  「マサフ」と記載の投票一票(検第十号)

(ろ)  「ササツ」と記載の投票一票(検第十一号)

(は)  「ササブ」と記載の投票一票(検第十三号)

が存在し、右(い)の投票は明白にマサフツシと記載してあり、斯る氏名の候補者なく結局何人の氏名を記載したか不明であり、(ろ)の投票はササの記載は笹に該当するとも見えるが、これだけでは候補者笹渕秀一に対する投票であるとは認め難く、又(は)の投票は文字の体をなさず、第一、二字はサと判読すること至難であり第二字はむしろ「カ」又は「ワ」の字に近く結局何人の氏名を記載せるものか不明であるから、右(い)(ろ)(は)の投票三票はいずれも無効となすべきである。

又選挙会に於て無効票と決定された投票中に

(に)  「マヌ」と記載の投票一票(検第九号)が存するが、此の投票は、第一字は「久」、第二字は「マ」と判読でき、第三字は「ヌ」に近似しているが之は「ツ」の誤記と認められるから、補助参加人の有効投票となすべく更に候補者佐々木リヱの有効投票中に

(ほ)  「サワキ」と記載せる投票一票(検第十三号)があり、右投票は補助参加人に対する按分票と認めるべきものである。

以上により、補助参加人の得票数は三百五十七票と〇・八八五票となり、候補者笹渕秀一の得票数は三百五十四票となるから、補助参加人の得票数が候補者笹渕秀一の得票数より多いとして、原告の訴願を棄却した被告委員会の裁決は結局正当である、と述べた。

補助参加代理人は、原告主張の(ハ)の投票は、補助参加人の住所は男鹿市船川港平沢であるから、その平沢を記載せんとして平の一字を書いて中止したるものと認むべきである。沢木久松と姓及び名を記載した者が特に平進と記載せずして平と姓のみを記載する理由がない。又原告主張の(ニ)の投票は沢木久造なる候補者なく、沢木なる姓を有する候補者は、補助参加人の外には沢木慶蔵と沢木新一郎の二人であるから、沢木久松と記載せんとして松の字を造と誤記したものと認められるから、補助参加人の有効投票となすべきである。

被告委員会主張の(い)の投票は「ササブツ」と判読できないし、仮に第一字より第四字までを「ササブツ」と判読し得るとしても、その次の「ツ」の字は全く無用の記載で明らかに他事記入と認められるから無効である。(ろ)の投票は笹渕と判読できない、現にササキリエと呼ぶ候補者であるから無効である。又(は)の投票は最後の「」なる記載はチと判読困難で、それは文字の記載ではなく記号の記載と認められるから、他事を記載したものとなすべく、仮に強いて上の三字をササブと判読しても、候補者中には笹渕秀一の外佐々木リエがいるから、その何れに投票したか不明であつて無効とすべきである、と述べたる外、原告主張の(ホ)の投票及び被告委員会主張の(に)(ほ)の各投票につき被告委員会と同趣旨の陳述をした。

(証拠省略)

理由

原告主張の第一の事実及び第二の(一)の事実は当事者間に争がない。

よつて先ず原告主張の投票について判断する。補助参加人の有効投票中に原告主張の(イ)、「三浦ケーシケ」(検第一号)、(ロ)「サワキキユ・セキヤ」(検第二号)、(ハ)、「沢木久松・平」(検第五号)、(ニ)、「沢木久造」(検第四号)、及び(ホ)、「サワギ」(検第三号)の投票五票が存すること及び右(イ)の投票は候補者三浦慶助に対する有効投票として、右(ロ)の投票は補助参加人の氏名と本件選挙と同時に行われた男鹿市教育委員選挙の候補者関谷友一郎の姓とを併記したる無効の投票として、右(ホ)の投票が補助参加人及び之と同姓の候補者沢木慶助、同沢木新一郎の三名に按分さるべき投票として、いずれも補助参加人の得票数より控除すべきものであることは当事者間に争ないところであり、右(イ)(ロ)(ホ)の投票三票の効力についての当裁判所の判断も右と同様である。右(ハ)の「沢木久松・平」と記載の投票は、本件選挙と同時に執行された男鹿市教育委員選挙の候補者に平進なる者がありたることは当事者間に争なきところであり、右事実に検証の結果により認め得る本件選挙の前示選挙区に於ける投票中に「ミウラケイスケ・たいら」、「たいら」、「タイラ」「平進」或は「平」と記載の投票七票が存する事実並びに検証の結果認められる本投票の筆跡を綜合して考えると、補助参加人の氏名と本件選挙と同時に執行された前示教育委員選挙の候補者平進の姓を併記したものと認められ候補者の氏名でない他事を記載したものとして無効と解すべきである。右と所見を異にする被告委員会並びに補助参加人の主張は採用し難い。又右(二)の「沢木久造」と記載の投票は、検証の結果によれば第一字より第三字までが補助参加人の姓の二字と名の頭字に順次合致し、しかもその筆跡がやや稚拙な点及び本件選挙の候補者中に沢木久造なる氏名又は久造なる名を有する者がないこと等を考え合せると、右投票は補助参加人の氏名を記載せんとして沢木久造と松の字を造に誤記したるものと認めるを相当とするから、補助参加人の有効投票となすべきである。

次に被告委員会並びに補助参加人主張の投票について判断する。候補者笹渕秀一の有効投票中に(い)、「マサフツシ」(検第十号)、(ろ)、「ササグツ」(検第十一号)、(は)、「ササブ」(検第十二号)の各投票の存すること、及び無効投票中にその主張の如き(に)「マヌ」と記載の投票一票(検第九号)が、候補者佐々木リエの有効投票中に、(ほ)「サワキ」と記載の投票一票(検第十三号)が各存在し、右(に)の投票が久マツの誤記と認めて補助参加人の有効投票となすべく右(ほ)の投票は補助参加人、候補者沢木慶蔵、同沢木新一郎の三名に於て按分すべき投票であることは当事者間に争なく、右(に)及び(ほ)の投票の効力についての当裁判所の判断もまた右と同様である。よつて効力につき争ある右(い)(ろ)(は)の投票につき按ずるに、(い)の「マサフ」と記載の投票は検証の結果によれば第一字より第四字までは明らかにマサフツと記載してあるが、最後の一字がシなるかツなるかは明瞭ではない。したがつて右投票の記載はマサフツツ或はマサフツシと判読し得るものであるが、その何れに判読するとしても結局候補者でない者の氏名を記載したるものとして無効となすの外ない。原告は此の投票に記載された第一字マはサの誤記である旨主張するけれども、此の投票の記載は第一より第三字までは殊に精確明瞭な筆跡を以てなされており、しかも第二字目には明らかにサの字を記載しているのであるから、ササと記載せんとしてマサと記載したものとは認め難いから、候補者笹渕秀一の有効投票と認め難い。次に(ろ)の「ササグツ」と記載の投票は検証の結果によれば明らかにササグツと判読することができるが、その筆跡から判断して第三字グはブの誤記と認めること容易であり、又当裁判所に顕著なる秋田県人にはチとツの音の区別明確でなくチをツに、ツをチに発音するのみならず之を混用記載する者が極めて多い事実及び右投票の記載文字の稚拙な筆跡等を考えると、最後の「ツ」の字はチと書かんとしてツと誤記したものと認められ、候補者笹渕秀一の有効投票と解すべきである。更に(は)の「ササブ」と記載の投票は、検証の結果によればその筆跡極めて稚拙ではあるが第一字より第三字まではササブと判読でき、第四字は此の投票を左下方に少しく傾けて読むと辛うじてチと判読し得るを以て候補者笹渕秀一の姓を記載したものなることを窺いうるのであるから同候補者の有効投票と認むべきである。

以上に認定したところによると、補助参加人の有効投票数は三百五十五票、候補者笹渕秀一の有効投票数は三百五十六票となること明白である。しかして選挙会に於て按分票と決定した「沢木」、「サワキ」、「さわき」と記載の投票三票の存することは当事者間に争なく、右三票の外に前段に於て按分票と認定した「サワギ」(検第三号)、「サワキ」(検第十三号)の二票があるから、右五票を同姓の候補者である補助参加人沢木慶蔵、沢木新一郎の三名に按分すべきものなるところ、補助参加人の有効投票数は前記の如く三百五十五票であり、又沢木慶蔵の有効投票数が三百六十五票で、沢木新一郎の有効投票数は選挙会で決定した二百二十三票と無効投票中に存する「日本共産党・沢木新一郎」と記載の投票二票を加えて二百二十五票であることは当事者間に争がないから、右の各有効投票数に応じ按分すると補助参加人に対しては一票と〇、八七八票を加算すべきものであることは計算上明白である。故に補助参加人の得票数は三百五十六票と〇、八七八票となり、候補者笹渕秀一の得票数より〇、八七八票多いことになる。

そうすると被告委員会のなしたる前記裁決は結局正当に帰するから、原告の本訴請求は理由なく棄却すべきものとす。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 松村美佐男 浜辺信義 兼築義春)

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